『残月―みをつくし料理帖』の“麗し鼈甲珠”を再現!

 毎年暑い時期になると、大学時代に仏教学の教授(若い頃にインドでジャイナ教の師に弟子入りしたり、パチプロで生計を立てていた時期があったりなど、なかなか波乱万丈な半生をお持ちでした)から聞いた、インドのマンゴーの話を思い出します。
 教授曰く、当時は売られている水すら「腹を下す」と信用できなかった為、喉が乾いたらジュース代わりにいつもマンゴーを買って水分補給をしていたようなのですが、そそられたのはその表現。
 水を張ったたらいの中に小ぶりなマンゴーがぷかぷか浮かんでいるのを、適当に指さして一個5円くらいで購入し、持参したナイフで手早く皮を剥いてかぶりつき、ぬるいけれども濃厚に甘くて瑞々しい果汁によって喉を潤した…のだそうですが、日本のお店では味わえそうにないワイルドな快感が容易に想像できて、授業そっちのけでうっとりしたのを覚えています(←何しろ約八年近く前に聞いたお話ですので、もしかしたら聞き違いしている箇所があるかもしれません;。その時はすみません;)。

 どうも、一度お店で買ったマンゴーでかぶりつきにチャレンジしたものの、自宅の薄暗い台所というシチュエーションだったせいか今一つピンと来なかった当管理人・あんこです。
※注意:今回はいつもにも増してネタバレがひどい回です。未読の方は、あらすじ部分を飛ばすことをお勧めいたします。




 本日作ってみる再現料理は、『残月―みをつくし料理帖』にて澪ちゃんがあさひ太夫の髪飾りにインスピレーションを受けて生み出した“麗し鼈甲珠”です!
『残月―みをつくし料理帖』
 先月、とうとう最終巻『天の梯』が発売された為、その前巻『美雪晴れ』と前々巻『残月』をまとめてじっくり読み返したのですが、『残月』の時点で既にあちこちに伏線が散りばめられていた事に気づき、舌を巻きました(←特に、四千両をどうやって用意するかのくだり)。
 これはあくまで個人的な見解ですが、一巻『八朔の雪』が全てにおける<起>、二巻『花散らしの雨』~七巻『夏天の虹』までが長~~い<承>、八巻『残月』~九巻『美雪晴れ』が怒涛の<転>、十巻『天の梯』がギュウギュウに詰まった<結>という印象で、こうして改めて見直してみますと、澪ちゃんは人によってはもう一生分かというくらい密度の濃い苦労の連続だったんだな~と、気の毒になります;(←同じく<承>の比率が非常に長かった名作を挙げるとするなら『うしおととら』ですが、こちらは要所要所で明るい展開が点在していたせいか、そこまで絶望的な気持ちにならないのがありがたかったです;)。
 その為、約四年もの間一向に逆転の気配がない澪ちゃんの不幸の数々を見ては「いつになったら<雲外蒼天>の青い空を拝めるのだろう…」と気をもみましたが、完結した今からすると、苦難が大きかった分ラストの爽快感が倍増したように感じた為、やっとほっとしたものです。

 今回ご紹介するのは、あさひ太夫こと野絵ちゃんを救い出す重要なキーパーソンとなった起死回生の一品・“麗し鼈甲珠”。
 作り方は意外と簡単で、白味噌・赤味噌・こぼれ梅・日本酒・みりんをすり鉢ですったものを味噌床にして卵黄を漬け、三日後に取りだしたらもう出来上がりです。
 当初は「う~ん、卵黄の味噌漬け…この時代でも既に珍しくない料理だったような」と今一つ釈然としなかったものでしたが、二種類の味噌とこぼれ梅の配合によって全く異なる旨さになると表現されていたことと、作者の高田郁先生が「こぼれ梅を生地にすることで、奥行きのある甘さが生まれます」とおっしゃっていたことで、俄然興味がわいてきたのを覚えています。
 ポイントは、味噌床へ直に漬け込むのではなく、卵黄を破かないように晒しかガーゼを使って慎重に漬け込む事で、それさえ守ればまず失敗はないように感じました。

 元々この料理は、数々の営業妨害をしてきた卑劣なライバル・采女宗馬から「お前を新しい吉原店の板長にしたい」とこれまでの態度を豹変させて誘われた時、半ば冗談で「この私を引き抜かはるんなら、値は四千両だす」と啖呵をきったのを逆手にとられ、「吉原で商うにふさわしい料理を、来月十八日まで持ってきたら考えぬでもない」「お前さんはこの勝負、受けるよりないのだよ」と脅されて考えた料理なのですが、着想に役立ったのは吉原のイメージではなく、むしろ野絵ちゃんとの思い出。
 こぼれ梅は、澪ちゃんと野絵ちゃんがまだ幼くて幸せだった頃、習い事の帰りに酒屋さんの店先で買い求めて天神橋でよくおやつ代わりに食べていた、懐かしい過去の記憶。
 卵は、関西の味が江戸でなかなか受け入れられず四苦八苦していた澪ちゃんが茶碗蒸しで好評を得て、その評判を聞いた野絵ちゃんが又次さんを介して茶碗蒸しを買い、思いがけずお互いの無事を知ったありがたい記憶。

 これらの恩と縁のある食材を組み合わせ、決戦直前に切ない再会を果たした野絵ちゃんの髪に挿されていた豪奢な鼈甲の簪に模して仕上げたのがこの“麗し鼈甲珠”で、後々この料理のおかげで澪ちゃんと野絵ちゃんの間に打ち込まれたくさびが解き放たれた事も合わせて考えると、色々な感情がこみ上げてきます。
 一見バラバラで、何の役にも立たないように見える思い出の欠片がまとまって一つの武器となり、失った物全てを奪還して未来を切り開いていく様はなかなか胸に迫るものがありますので、余計カタルシスがすごかったものです。

 結局、最初から四千両を払う気などなく、澪ちゃんの新作料理を真似て新しいお店で出すつもりでいた采女宗馬は、“麗し鼈甲珠”のこれまでに類を見ない味わいの深さに絶句し、内心の動揺を隠すために「この程度で四千両とは恐れ入った」と罵倒します。
 しかし、澪ちゃん自身始めから引き抜かれる気は全くなく、四千両を手に入れるつもりもなかった為、「お気に召さずに済んで、安堵しました」「どのみち、またすぐに真似をして、登龍楼の献立に取り入れるのでしょうね」と挑発し、さらに「ですが、同じ味に仕上げることは無理です。紛いは紛い。決して本物を凌ぐことは出来ません」と言い、ただでさえ敗北感にまみれた采女宗馬の神経を逆撫でします(←正直、読んでて「もっともだけど、こんなヤ○ザすれすれの人をあんまり刺激しないで~!」とビクビクしたものです;)。
 案の定、采女宗馬は大分勘に障ったようで、「大した自惚れようだな」「たかが女料理人、捻り潰すことなどわけもないことだ」と吐き捨てるのですが、澪ちゃんは即座に「潰されたりしません」と言い返し、続けて敢然と宣言します。

 ―「これまでがそうだったように、これからも、決してあなたの思うようにはなりません」

 …このシーンを見ると、ほんの数年前は采女宗馬の老獪な対応にしてやられ、唇を噛んで引き下がるより他なかった少女が、よくぞここまでたくましく成長したものだと感慨深い気持ちになります。
 確かに、女性は色んな意味で「捻り潰す」ことが難しくない身体的に弱い生き物ですが、だからこそ長じるにつれ、力がなくとも竹のようにしなやかに、高く立ちふさがれても風のようにすり抜け、何度痛手を負わされても雑草のようにしたたかに生き抜く強さを身につけていくようになるのだろうか…と思わずにはいられません(←もちろん、当管理人のような例外はいつの世にもいますが…orz。今からでも、澪ちゃんを見習いたいと思います)。


 先日、やっとこぼれ梅をお取り寄せする事が出来ましたので再現する事にしました。
 作中に詳細な作り方が記され、巻末にも分量つきのレシピがきっちり記載されていましたので、早速その通りに作ってみようと思います!



 という事で、レッツ再現調理!
 まずは、味噌床作り。すり鉢へ白味噌、赤味噌、こぼれ梅、日本酒、みりんを投入し、すりこ木で全体が滑らかなペースト状になるまで丁寧にすり合わせます。
 こぼれ梅には餅米の粒がちらほら入っていますので、出来ればそれも逃さずするようにします。

 ※実は調理前、こぼれ梅を一口試食したんですが、本当に甘くて柔らかくて香りもよく、これはいいおやつになるだろうな~とうっとりしました。食感はちょっとざらついたカッテージチーズみたいな感じですが、味は日本酒と甘酒を凝縮して固形化したようなイメージです。ただ、子どものおやつにするには結構お酒の風味が強すぎる感じで、少し食べただけでも危うく酔っちゃいそうになりましたので、澪ちゃん達は大人な子どもだったんだな~と妙に尊敬しました;(←どれくらいお酒っぽかったかといいますと、運転前の大人に食べさせたら飲酒運転を疑われそうなレベルです;)。
麗し鼈甲珠1
麗し鼈甲珠2
麗し鼈甲珠3
 材料がよく混ざって細かくすれたら、しっかりフタが出来る別の容器へ半分~三分の二くらいの量を移し、上に清潔なガーゼ(又は晒し)を乗せて卵黄用のくぼみを作ります。
 このくぼみへ、卵白を取り除いておいた卵黄を崩さぬようそっと落とします。
 ※卵白は使いませんので、他の料理に流用します。当管理人の場合、卵黄を足してガーッと泡立ててモコモコにして焼いた、ビックオムレツを作りました。
麗し鼈甲珠4
麗し鼈甲珠5
麗し鼈甲珠6
 卵黄を全て入れ終えたら、残りの味噌床を塗り付けておいたガーゼをそっと優しく乗せ、冷蔵庫に入れて三日間漬けます。
 なお、時間が経って取り出す時は菜箸ではなく、あたりの柔らかい木製のさじか陶器のスプーンを使い、形を壊さないように取った方がいいです。
麗し鼈甲珠7
麗し鼈甲珠8
 三日後に卵黄がよく漬かっているのを確認したら容器からそろ~っと取り出し、小さな器へ盛り付ければ“麗し鼈甲珠”の完成です!
麗し鼈甲珠9
 当管理人の腕が未熟な為、残念ながら作中にあるように完全な球型には仕上がらなかったのですがorz、色合いはまさしく鼈甲色そのもので、澪ちゃん同様思わずごくりと喉が鳴りました。
 一般的な味噌漬けとは違って回りに黄金色のとろみをまとっているのが意外で、一体どんな味がするのかすごくドキドキしています。
麗し鼈甲珠10
 それでは、お箸で一口大に切っていざ実食!
 いっただっきまーす!
麗し鼈甲珠11


 さて、味の感想はといいますと…普通の味噌漬けとは一風異なる、不思議なおいしさ。想像していたよりも、こぼれ梅の存在感が大きいです!
 通常、味噌漬けにした黄身は結構塩気が強く、歯にくっつと容易に剥れない程粘りがすごいのが特徴なんですが、これは味噌を使っているのが信じられないくらい塩分がぐっと控え目な上、箸でスッと簡単に押し切れて口の中でねっとりトロリと溶けていく繊細な柔らかさが同居しており、驚愕しました(←どちらかと言えば、醤油に長く漬けた黄身がより近い口当たりです)。
 もちろん味噌特有の複雑な塩気もちゃんと活きていますが、それよりもこぼれ梅が持つ濃密でどこか懐かしい奥行きのある甘味と、上等な吟醸酒を思わせる雅やかな香気の方が圧倒的に前に出ており、味噌というよりは粕に漬けた感じだった為、「奈良漬け風黄身の甘味噌漬け」と呼びたくなるような味わいでした。
 実は赤味噌と白味噌はほぼ半量ずつ配合されてるんですが、こぼれ梅によって個性が際立っているのは似た系統の白味噌の方で、おかげでおつまみというよりはちょっとしたお菓子感覚で頂けます。
 こぼれ梅の原料がもち米と米糀のせいか、ふかしたもち米や甘酒を彷彿とさせる品がよくて優しい「和」の甘さというイメージで、味噌はいわばスイカにかけた塩みたいな役割を果たしているな~と感じました。


 その後、黄身以外にも白身魚や茹で卵を漬けてみたんですが、どれも味噌漬けとは思えぬまろやかな塩気と甘味によって一段も二段も上の味に仕上がった為、感心しました。
 江戸時代はもちろん、現代でも十分通用する味ですので、おすすめです。

●出典)『残月―みをつくし料理帖』 高田郁/角川春樹事務所
※この記事も含め、当ブログの再現料理記事は全てこちらの「再現料理のまとめリンク」に載せています。

Comment

2014.09.22 Mon 06:24  |  鼈甲珠!

ついに出ました~! 「あの」鼈甲珠!!
これはぜひ再現料理で拝見したかったのです!
ああ、なんて麗しいんでしょう…ほんとうに鼈甲ですね。
これがあの器に入れられてあの場所であの季節に売られているところを、
想像するだけで胸がいっぱいになりそうです。
こぼれ梅、ぜひとも入手して、私も再現してみたいです。
それよりもまず先にこぼれ梅を試食して、はらはらほろほろの甘味を味わいながら、幼き日の澪ちゃんたちに思いをはせたいです。
(それにしても酒かすがおやつってけっこうオトナなお子さん方ですよね…)
あんこさん、美しい再現料理ほんとうにありがとうございました。
これからもずっと応援しております。
いつか「親父泣かせ」を再現してくださいませ!

  • #aYDccP8M
  • じゅんこ
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2017.07.27 Thu 17:32  |  

野江

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Author:あんこ
・性別:女
・趣味:読書、料理、ゲーム
・一言:食と本をこよなく愛してます。
・特に意欲的に再現中の漫画:
 …『姉のおなかをふくらませるのは僕』
 …『美味しんぼ』
 …『クッキングパパ』
 …『紺田照の合法レシピ』
 …『酒のほそ道』
 …『じったんの時短レシピ』
 …『鉄鍋のジャン!』
 …『なんちゃって駅弁』
 …『華中華』
 …『花のズボラ飯』
 …『まかない君』
 …『ママの味♥魔法のおかわりレシピ』
 …『みをつくし料理帖』
・再現料理を予定中の漫画:
 …『浅草人~あさくさびと~』
 …『鬼平犯科帖』シリーズ
 …『銀の匙』
 …『拳闘暗黒伝セスタス』
 …『スイーツ本部長一ノ瀬櫂』
 …『旅のグ(2)月は知っていた』
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