『八朔の雪―みをつくし料理帖』の“とろとろ茶碗蒸し”を再現!

 中学生の頃、四時限目の理科の授業時に太陽系の歴史を学ぶビデオを見たことがあるのですが、それまでは普通に宇宙の歴史を学ぶ感じで教室の雰囲気も和気藹々としていたのに、もうすぐお昼時間だという頃になってビデオの空気がいきなり太陽系最後の日というおどろおどろしい論調に変わり、「太陽は60億年後に燃え尽きる→徐々に地球に起きる変化を克明に語る→最後の最後には、地球は巨大化した太陽に飲まれて消える→いきなり画面が地球の美しい風景集に変わり、<私達も地球も最終的には滅びますが、滅びにも意味はあるのです―>と勝手に爽やかに締めくくられて終わる」という非常にカオスな終り方をされ、まるでお通夜のように教室中がシーーーンと静まり返ったという暗い思い出がありますorz。その数秒後、タイミングがいいのか悪いのかキーンコーンカーンコーン♪とチャイムが鳴ったのが妙にシュールでした。
 どうも、宇宙に関するサイトを見ていると未だに恐くて心臓がバクバクいってしまうチキンにも程がある管理人・あんこです。

 今回作ってみる再現料理は、『八朔の雪―みをつくし料理帖』にて澪ちゃんが<つるや>だけにしか出せない看板料理をと悩みに悩んで作り出した新名物・“とろとろ茶碗蒸し”です!
八朔の雪 みをつくし料理帖
 それは、澪ちゃんが腰を壊した種市さんから<つるや>の雇われ料理人(とはいえ、実質上は譲られたも同然)となる事を懇願され、蕎麦屋さんから料理屋さんへと鞍替えして一ヶ月経つか経たないかだった頃。かつての常連客たちから「親父さん、あんたの打った蕎麦なら食いたいが、その小娘が作る上方料理はごめんだぜ」と突き放されて一時はお店が潰れてしまう事をも危惧していた澪ちゃんでしたが、旬の戻り鰹でこしらえた“鰹飯”と「はてなの飯」戦法で(詳しくはこちら)、見事窮地を脱します。とはいえ、周囲の同業者である煮炊き屋さん達に味自体は到底及ばない物の“鰹飯”に極めてそっくりな真似っ子商品を販売されてしまった澪ちゃんは、再びお店に入るようになってきてくれたお客さんを逃がさぬよう、他店に真似されないような<つるや>の看板料理を考え出さねばならなくなります。正直、こういう真似っ子商品は現代に至るまであちこちで問題が多発している程よくある事ですので(最近ではこのニュースが記憶に新しいですね^^;)、特許も何も存在しなかった江戸時代では尚更大変だったろうな~と澪ちゃんが気の毒でした。
 実はこの出来事があった直後、澪ちゃんはいつもさりげない助言をくれる密かな想い人・小松原様と、もはや第二の母とも言うべき<天満一兆庵>の元女将・芳さんから「今の澪には、料理の本筋である自分だけの“出汁”が確立されていない」という事実を指摘されており、後に因縁のライバルとなる江戸一の料亭<登龍楼>へ模範となるべきお出汁の味を求めて学びに行っています。その時、澪ちゃんは思わず瞠目してしまう程完成度が高い本物の鰹出汁の味を一つの椀物から知って苦い敗北感にうな垂れ、それに負けないような自分だけのお出汁を作り出す為に毎晩試行錯誤を繰り返します。手元にあるのは限られた量の鰹節と昆布、場所は古い長屋の土間にある七輪の前という極めて厳しい環境でしたが、ある日遂に「これだ!」という独自の配合の合わせ出汁を澪ちゃんは生み出します。
 ちなみに芳さんは一度、深夜にお出汁の試作をしている澪ちゃんの姿を物陰から偶然見かけたことがあるのですが、思わず憤怒の表情で有名な「愛染明王」を髣髴とさせてしまうくらいのすさまじい表情をこの時澪ちゃんから感じ取り、初めて恐い、と思ってしまいます。普段は穏やかで心優しく、どちらかというと天然っぽいお人柄が微笑ましい澪ちゃんですが、こと料理となるといい加減ではいられない、もはや激情と言ってもいい凄まじい熱意を胸の内に秘めている事を、このエピソードから改めて再確認させられます。澪ちゃんの名前は「澪標」からきていますが、これは和歌の掛詞では「身を尽くし」を意味する言葉でもあります。名は体を現すとよく言いますが、澪ちゃんもその例に漏れない強い心の持ち主なのだと思えてなりませんでした。
 そして、自信を持ってお客様に出せる自分のお出汁を完成させた澪ちゃんは、このお出汁の味を広めつつ<つるや>の新名物になるようなお料理として何が最適か、芳さんと種市さんと一緒に相談しあいます。その結果、芳さんの一言がきっかけで澪ちゃんが作り上げたのが、かつて<天満一兆庵>でも大人気を誇っていた“とろとろ茶碗蒸し”です!作り方自体は普通の茶碗蒸しと基本的には同じなものの、<つるや>名物の茶碗蒸しにはいくつかポイントがあり、一つ目はお出汁を多めの配合にする事、二つ目は海老・銀杏・百合根・柚子の皮を冬場の間定番の具にする事(季節によって具を換えるのが鉄則)、三つ目は熱々の内に漆塗りのさじを使って食べてもらう事で、これらを守る事によって澪ちゃんこだわりの茶碗蒸しだと言えるのだとの事でした。
 種市さん曰く、この時代の江戸で茶碗蒸しと言えば卵を使わずに具を茶碗に入れて蒸しただけのシンプルな物が主流だったそうで、澪ちゃんが作る大阪仕込みの現代に伝わる卵とお出汁をたっぷり使った“とろとろ茶碗蒸し”は、神田町だけではなく江戸全域で評判を得るくらい大ヒットします。その後、他のお店で真似しようにも卵とお出汁の複雑微妙な加減がどうにも分からないのが原因で“とろとろ茶碗蒸し”は<つるや>の独壇場となり、最終的には浅草の版元が師走初日に出すという権威ある「料理番付」に、初登場で堂々の関脇(二位みたいな位置付)として紹介されるという快挙を成し遂げるのでした。この時の皆の喜びようはまるでお祭りかと見紛う程の物で、特に種市さんが子どものように涙を流す描写は心打たれるのものがあります。
 『みをつくし料理帖』シリーズを初めて読んだ時からずっと再現したいと熱望しつつ、ご縁が無く作る機会を逃し続けていましたが、このたび材料もタイミングよく揃ったのでついに再現する事に致しました。巻末レシピ通り、早速再現してみようと想います!
 
 という事で、レッツ再現調理!
 まずは、食材の下準備。百合根は手で一枚一枚バラバラにはがしながら流水で泥などの汚れを洗い落として水気をきり、海老は殻・背ワタ・尻尾を取ってお酒を振っておき(酒蒸しか、もしくはお酒と塩入りのお湯でさっと湯がくのがおすすめです)、銀杏は殻を慎重に外してお湯で茹でて薄皮を丁寧にむいておきます。柚子の皮はよく洗った後に包丁で薄く削り取ります。
とろとろ茶碗蒸し1
とろとろ茶碗蒸し2
 鰹節と昆布をお好みの配合で合わせてお出汁を引いたら(個人的に、茶碗蒸しに使用するお出汁はやや昆布が勝っている方が卵と相性がいいように感じます)清潔な布巾で漉し、塩、醤油、みりん、お酒を加えて混ぜ溶かしたらそのまま冷まします。やがて味付きお出汁が十分に冷めたら、よく溶いておいた卵へ投入してまんべんなく混ぜ合わせます。この時、卵よりもお出汁の割合の方が多めになるよう気をつけます。
とろとろ茶碗蒸し3
とろとろ茶碗蒸し4
 お出汁と溶き卵がしっかり混ざったのを確認したら、再び清潔な布巾で漉します。これで、茶碗蒸しの卵液は出来上がりです。その間、茶碗蒸し用の器に下ごしらえしておいた百合根、海老、銀杏を入れておきます。
 ※源斉先生曰く、卵は全身に滋養をつける作用、百合根は心身を健やかに保つ作用、海老は老化による体力の衰えを回復させる作用、銀杏は肺を丈夫にして咳を静める作用があるとの事で、この茶碗蒸しには心身を健やかにする大切な栄養が詰まっていると感嘆していました。その為、見栄えを気にしないのであれば具はどっさり多めにして美味しい薬として食べるのもありかもしれません(^^)。
とろとろ茶碗蒸し5
とろとろ茶碗蒸し6
 この具入りの茶碗蒸し用の器へ、先程の卵液を泡を立てぬよう静かにそろそろ流し込みます。もし表面に泡が出来た場合は爪楊枝で全てつぶしてしまいます。この茶碗蒸しの器にフタ(無い場合は、小皿かアルミホイルをフタの代用とします)をし、湯気の立つ蒸し器へ火傷をせぬよう並べてさらにフタを乗せ、強火と弱火を使い分けながら蒸しあげます。
とろとろ茶碗蒸し7
とろとろ茶碗蒸し8
 蒸している途中、卵液がようやく固まったかな?という頃合になったらフタを開けて柚子の皮をそっと乗せて素早くフタを戻し、さらに蒸します(巻末のレシピにて説明されていた手法です)。仕上げの段階で柚子の皮を乗せるよりも、ギリギリの時に柚子の皮を乗せた方がより香りが鮮烈になるのでおすすめです。
とろとろ茶碗蒸し9
 竹串を刺して透明な知るが出るようになったら蒸し上がりですのですぐに火からおろし、そのまま漆塗りのさじと共に机へ運べば“とろとろ茶碗蒸し”の完成です!
とろとろ茶碗蒸し10
 作中にて表現されていた通り本当にとろっとろな質感で、器を軽く揺らすだけでもふるふるっとにじみ出たお出汁と共にもろく揺れ、それだけで表面に割れが生じてしまう程でした(ためしに息を吹きかけると、その間だけ茶碗蒸しが大きくへっこんでしまったので尚びっくりです)。柔らかでこころとろかすような合わせ出汁の香りと柚子のはっとするような鮮やかな香りが何とも心癒される感じで、疲れている時でもこれを差し出されると思わず頬をゆるませてしまいそうな、心落ち着く一品というイメージでした。
とろとろ茶碗蒸し11
 それでは、冷めてしまわない内にいざ実食!いただきまーす!
とろとろ茶碗蒸し12

 さて、味の感想ですが…思わず溜め息がでる程美味し!食べ終わる頃には極楽気分になる事必至です!
 うまく言えませんが、プリンの柔らかさとジュレの口溶けを兼ね備えた素晴らしい食べ心地です。作中でお客さんが「俺は夢でも見てるのか、とろとろと口の中で溶けちまった」「こいつはまるで極楽の味だ」と感動していますがまさにそんな口当たりで、匙で口に運んで舌に触れた途端、あっと言う間にとろけていったのにうっとりしました。やっとの所でギリギリ固まったという風なフルフルした柔らかい舌触りの卵と共に、鰹と昆布の品のいい風味が効いたうっすら塩味のお出汁がふんわりほどけていって滑らかに喉に消えていくのが、この上なく心地よかったです。
 醤油や塩気は若干控え目な配合だった為少々薄味な方でしたが、それがまた卵やお出汁、具材の味わいをさらに引き立てる結果になっていたのでバランスの良さに感心しました。エビはプリプリした弾力がある上噛むごとに旨味のあるおつゆがジワジワ溢れ、銀杏はムッチリホコホコして少し栗に似ていなくもない食感がナイスで、これらがトロントロンに固まった卵をまとわせてから食すと何とも優しいまろやかな味わいに変化します。
 中でも百合根の出来栄えは秀逸で、ホクホクしていてほのかに甘く、例えるならば煮た山芋とじゃがいもの中間のようでした。柚子の皮の鼻をす~っと通り抜けていく鮮やかな柑橘系の香りが茶碗蒸し全体に爽やかな風味をプラスしているのがたまらなく、冬向けの茶碗蒸しだと思いました。

 お出汁の味の余韻が舌にしっかり残って幸福な気分になる上に、体がほんわか温まり、健康にもよく、おまけに腹持ちもいいという、まさに一石二鳥どころか一石四鳥を地で行く素晴らしいお料理です。一見地味ですので日頃は忘れがちですが、老若男女問わず体に滋養をつけたい時にはうってつけの一品だと感じました。

●出典)『八朔の雪―みをつくし料理帖』 高田郁/角川春樹事務所
※この記事も含め、当ブログの再現料理記事は全てこちらの「再現料理のまとめリンク」に載せています。

Comment

2011.12.30 Fri 13:06  |  いつも楽しく拝読させていただいております…

いつも楽しく拝読させていただいております。
実はこちらで、「みをつくし料理帖」の再現記事を拝見し、
早速私も実行してみるとともに、市内の図書館で同シリーズを一気に借りて、
読破してしまったという事もありました(笑汗)

私の趣味としては、献立というより肴作りが主(しょうしょう(升々)嗜むもので…w)
なのですが、今回の"とろとろ茶碗蒸し"の合わせ出汁や、はてな飯の戻り鰹の美味しさなど、
今更ながら「うーん!!」と感心して唸らされることが多い本作だと思います。
(料理の見栄えや食味風景もバツグンな表現ではありますが(笑))

本作記事に限らず、あんこさんの再現料理は、視覚的に腹の虫が刺激されますね(^-^)
私も"某Kぱっど"に載せる程度のモノではありますが、怒濤の更新と合わせ、
いつも応援しつつ、楽しみに拝見させていただいております。

乱文にて恐縮ながら、今後の益々のご活躍を期待しております(^-^ )>

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Author:あんこ
・性別:女
・趣味:読書、料理、ゲーム
・一言:食と本をこよなく愛してます。
・特に意欲的に再現中の漫画:
 …『姉のおなかをふくらませるのは僕』
 …『美味しんぼ』
 …『クッキングパパ』
 …『紺田照の合法レシピ』
 …『酒のほそ道』
 …『じったんの時短レシピ』
 …『鉄鍋のジャン!』
 …『なんちゃって駅弁』
 …『華中華』
 …『花のズボラ飯』
 …『まかない君』
 …『ママの味♥魔法のおかわりレシピ』
 …『みをつくし料理帖』
・再現料理を予定中の漫画:
 …『浅草人~あさくさびと~』
 …『鬼平犯科帖』シリーズ
 …『銀の匙』
 …『拳闘暗黒伝セスタス』
 …『スイーツ本部長一ノ瀬櫂』
 …『旅のグ(2)月は知っていた』
 …『テルマエ・ロマエ』
 …『土曜日ランチ!』
 …『BAR・レモンハート』
 …『百姓貴族』
 …『ぶたぶた』シリーズ
 …『ベーグル食べない?~幸せカフェごはん~』
 …『飯盛り侍』
 …『夢色パティシエール』


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※現在、公私の多忙と、再現記事のペース維持を理由に、コメント欄へのご返信が出来ない状態が続いております。
 こういう場合、コメント欄は停止するべきなのかもしれませんが、励ましのお言葉やアドバイスを頂く度、ブログのモチベーションアップや心の支えとなったこと、そして率直なご意見や情報を聞けてとても嬉しかったこともあり、誠に自分勝手ながらこのままコメント欄は継続する事に致しました。
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